36②.弊社開発室長[斎藤]の寄稿記事

1.多様な介護スタッフのキャリア形成を支援する研修計画とは

ピーエムシーは、介護現場の現任者教育を行っている会社です。主に新潟県内の介護事業所を訪問し、階層別研修や新人教育に関する研修、介護支援専門員や介護福祉士等の試験対策まで様々な研修を行っています。今回は、事業所におけるスタッフ個々のキャリア形成に応じた研修計画のあり方についてお伝えさせていただきます。

1-1.厚労省の提唱する「富士山モデル」
介護スタッフの育成のあり方については、確保や定着とあわせて、これまでにも様々な場所で多くの議論がなされてきました。

全国社会福祉協議会(以下「全社協」)は福祉・介護人材のキャリアパスについて、「社会福祉事業に従事する者のキャリアパスに対応した生涯研修体系構築検討事業(平成21年)」を出版しました。福祉・介護現場の人材を5つの階層に分類し、それぞれの段階に応じた研修カリキュラムを提示したのです。

これに基づいて同年10月からは厚生労働省主導による介護職員の処遇改善交付金の制度がはじまり、介護職全体の待遇改善が図られているところです。しかし、実際には介護職の能力に応じた評価は難しく、個々の介護スタッフのキャリアを正しく評価し待遇に反映するところまでは至っていません。

厚生労働省(以下「厚労省」)は「介護人材に求められる機能の明確化とキャリアパスの構築に向けて(2017)」のなかで「介護事業所における介護職の業務の実施状況を見ると、介護に関する資格を有していないもの、介護職員初任者研修修了者、介護福祉士の間で明確に業務分担がされているような状況は見られず、サービス間や提供するケアの内容で差異はあるものの、それぞれの者が同様の業務をほぼ毎日(毎回)実施している状況である」と述べており、多くの介護現場が職員の個々の能力に応じた業務の分担ができておらず、資格や能力に応じた適正な評価ができていないことを指摘しています。

厚労省はこれまで「まんじゅう形」から「富士山型」に人材育成のあり方を変えていくことを提言しており(「2025年に向けた介護人材の確保~量と質の好循環の確保に向けて~2015」)職員一人ひとりの能力に応じた仕事内容と待遇を実現していくことの重要性を指摘しています。【図1

 
厚生労働省 第6回社会保障審議会福祉部会 平成28105日資料

個々の介護スタッフに対して同じレベルの仕事ができることを求めるのではなく、多様な人材の資質や能力にあわせた業務分担を行い、本人の希望や可能性にあわせた個別の能力開発を行っていくことが事業所に求められているのです。

事業所レベルで体系的な介護人材育成を検討する場合、このような背景を理解し、厚労省が考える介護職員のキャリアパスとも整合性のある研修計画を検討することが望ましいと言えます。


1-2.介護事業所における人材育成の実践事例
介護はチームで行う仕事です。特に通所、入所系サービスでは、組織としてのまとまりと個々の介護スタッフのレベル向上の両方を目指した体系的な人材育成の計画が必要です。

まずは、組織へのアプローチです。介護事業所の管理者が主体となってニーズを踏まえた計画を体系的・具体的に作成します。

次に、個々の介護スタッフへのアプローチを行います。多様な介護スタッフ一人ひとりの能力に合った具体的で達成可能な目標を立ててもらい、目標達成を目指して業務にあたってもらいます。目標が立てっぱなしにならないよう、定期的にモニタリングを行います。
次章から、更に詳しく説明します。


 2.研修計画と実施のポイント

 2-1.ここでは「組織の成長」と言う視点から介護現場の人材育成について説明します。
 弊社では、主に新潟県内において施設訪問型研修を年間でのべ200回ほど実施しています。新潟県内でも人材の多様化に伴って以下のような課題が聞かれます。

個々のスタッフの思いや能力、介護観や経験、モチベーションのギャップが大きく、組織がまとまらない。管理者やリーダーのマネジメントがうまくいかないために、スタッフ間の不平不満が解消されない。「多様な新人」を理解し受け入れてチームで関わろうという気持ちをもてないスタッフの存在や、気持ちがあっても行動することが難しい組織の風土がある。ことです。
入職する新人が多様化することで、階層別研修で管理者・リーダークラスだけを育成しても効果が上がらない状況になっています。
このような組織の課題に対して、弊社では以下のように研修形態を提案し、実践しています。






 2-2.「全員研修を実施し組織全体の共通目標を立てる」
【図2】の①の部分は全体研修です。
仕事に対する思いや働きやすさなどについてみんなで考えることで、組織のコミュニケーションギャップに気付いてもらうこと、コミュニケーションの大切さをあらためて実感してもらうことが目的です。
 介護職員以外の相談職や介助員などなるべく全職種に出席をお願いして実施しています。この目的を達成するためには、ワークショップ形式で実施することが理想です。ピーエムシーでは全体研修を1回2時間実施することをすすめています。研修実施に先立って、事前に「働きやすさと不適切ケア」「自事業所の強みと課題」についてのアンケートを実施します。研修ではこのアンケート結果を全員で見ながら話し合い、自事業所の課題を共有した上で、行動目標をひとつだけ策定します(みんなで決めてみんなで守るグラウンドルールと呼んでいます)
約6ヶ月後まで実施して全員でふりかえり、評価を行います。研修に全スタッフが出席できるためには業務のやりくりなど知恵が必要となってきますが、開催に伴う業務のやりくりも管理職のよい経験になると考えて研修を行っています。(1年2回の開催、効果を更に上げるために2年目以降も継続する事業所もあります)


 2-3.「リーダーは実践を通してマネジメントを学ぶ」
 【図2】②の部分はリーダーや管理者のための「階層別研修」です。これは事業所のリーダーに実践を通してマネジメント能力を学んでもらうことを目的に行っています。

具体的内容として
・一般職員に対する指導のあり方や関わり方を検討する
・業務に関する課題を発見し、改善を検討する
主にこの2点について自事業所の実際の課題を中・長期的な視点で捉え、具体的改善策を検討し実行します。前述の全体研修で使用した事前アンケートの結果等も参考にして研修を進めます。どちらかというと研修というよりは、自分たちの職場の課題解決のためのプロジェクトという形です。
介護職員は、日常業務を通して専門的知識や技術以外のことを学ぶ機会はほとんどありません。そこでこの階層別研修を通して企画書・報告書の作成方法や会議における起案の方法、新しい取り組みをいかに組織に浸透させるかなど様々な取り組みを経験してもらいます。経験を通してリーダーの役割であるマネジメントを理解してもらうようにします。

中原は、人材の多様化が進む現代社会において、マネジメントのとらえ方を「管理」から「支援」へと変化させていくことの重要性を主張しています。(職場学習論)管理者から「スタッフに辞められたら困るので、優しくしてあげてね」といわれて指導に悩む現場のスタッフの話を良く聞きますが、やさしくすることと支援することには違いがあります。ここをリーダークラスの職員が考えて、組織での共通認識をはかることがこの研修の肝だと思います。


2-4.「新人育成を通して、指導者や受け入れチーム全員の成長を目指す」
【図2】の③部分は「多様な新人スタッフを育成するための研修」です。
新人職員に対して指導係としてスタッフを専任し、知識技術の指導(OJT)だけでなく、メンタル面のフォローも依頼する「プリセプター制」を取っている施設が多いです。
しかし、実際に介護現場での新人指導(OJT)が始まると、人出不足も手伝って中々丁寧な育成が出来ていない施設が多いです。新人が独り立ちするまでの期間は、新人職員はもちろんですが、指導担当者(プリセプター)にとっても非常に大きな負担であり、これが中堅職員の離職の一要因となっているという研究もあります。(大和ら、「介護老人福祉施設における介護職員の離職要因」)

当たり前の話ですが、「自分が出来る」ことと、「人に教える」ことは、大きな違いがあります。新人職員を受け入れ独り立ちに至るまでの間の指導者支援の体制を検討してください。具体的には、なるべく早めに指導担当者を任命し、メンターの役割と担当スタッフを明確にしておく準備期間をおいて指導担当者に対する事前研修を実施する、③新人指導開始に合わせてチームのメンバーにも協力を要請する、④指導期間中の指導者へのフォローアップ、⑤終了後のふりかえりも行い、「新人指導は大変だったが、自分の成長にもつながったな」と指導者に前向きに振り返ってもらえるような仕組みづくりが必要です。


3.スタッフ個々の目標設定と研修計画および評価の実際

3-1.ここでは個人の成長(スキル)と言うことに視点を置いて説明します。
介護現場では、個々の職員の成長のために「目標管理制度」の取り組みを行っている事業所が多いようです。いくつかの施設で実際にその取り組みを見せていただいたことがありますが、取り組みが形骸化していたり、PDCAサイクルが回せていなかったりと、課題が多いと感じます。具体的には
目標設定の課題:その人にとって適切な目標が設定されていない。単に資格取得など目標が安易に設定されている。
実施プロセスの課題:目標を決めたあと、意識付けや中間評価がないまま取り組みが終わる。③評価の課題:結果のみを見てプロセスを評価していない。
等の課題があります。


個々の目標設定は、スタッフ一人ひとりに求められる役割や責任を踏まえて決めていくことが大事です。スタッフの資質・能力や経験が多様化している現在、個々の目標は、「理想のスタッフ像」と「現実のスタッフのレベル」の中間を考えて「がんばれば達成できる目標」「具体的で評価しやすい目標」になるよう検討していくことが大事です。【図3



3-2.目標設定の良い事例として、ある事業所で行っている取り組みについて紹介します。

新人職員のためのルールブックをつくっています。このルールブックにはあいさつや遅刻欠席の事など、基本的なことが10項目ほど書かれてあります。新人職員に対してはまずこのルールブックを使って1年目職員の役割を理解してもらい、社会人として基本的なことがひとつずつ出来るようになることを目指してもらいます。

個々の新人職員の目標設定の際に、このルールブックが指標になります。ひとつひとつの目標はあたり前すぎる、簡単すぎるようにも感じますが、これは新人だけでなく、中堅職員の目標設定にも使えるものです。実は課題のある中堅職員の多くは、基本的なことができていません。例えば出勤時のタイムカードを忘れてしまったり、出勤時に申し送りノートを見ないで現場に出たり、提出物の締め切りを守れないなどの事例が聞かれます。介護職員として基本的なことができるようになるまで、このルールブックを使って目標設定をすることが出来ます。

特に長い目で見ることが必要な新人職員の場合は、具体的な目標を決めたら指導者と新人とチーム全員がその目標を共有し、関係するスタッフ全員が目標を意識して新人職員と関わるようになると効果達成の可能性が高くなります。



4-1.植田は、「対人援助におけるスーパービジョンとは、当事者により質の高い援助を提供するため」に、人材育成と人材活用を目的として明確な目標を掲げ、スーパーバイザーによって行われるスーパーバイジーの成長を支援する、また、その体制を整えるプロセスである」と定義しています。スーパービジョンは、上司(管理者やリーダー)が部下の成長を支援することであり、「支持的機能(精神的支援)」「教育的機能(気づきを促す関わり)」「管理的機能(部下の成長段階にあわせた育成環境づくり)」に分類されます。スーパービジョンは何も特別なことをするのではなく、上司先輩から個々のスタッフに対する能力開発のための働きかけ全てがスーパービジョンだと解釈して良いでしょう。
また、スーパービジョンは一対一の面談だけでなく、日常業務のあらゆる場面においてスーパービジョンの機会があると考え、意識的に部下との関わりをつくっていくことが大切です。
弊社が実施している介護職員向けのアンケートの結果を見ると、「上司や同僚に認められていない」と感じている介護スタッフの割合は解答者約800名のうち半分以上であり、割合として非常に多いと認識しています。

これは、多くの介護スタッフが業務を行う中で頑張っていること、苦労していることを見てもらっていない、声を掛けてもらっていない、と感じているのではないかと思います。

部下に対する前向きな関わりを増やしていくことはスタッフを認めることにつながり、認めることが介護スタッフのモチベーションにつながっていくと思います。

4-2.スーパービジョンの具体的展開事例 ~コーチングについて~
植田は、スーパービジョンの中でも、特に個別の関わりにおいてコーチングの技法が重要であると主張しています。コーチングの技法には様々なものがありますが、比較的わかりやすく活かしやすいものとして「オープンクエスチョン」があります。

例として以下に「オープンクエスチョン」を使った部下との面談事例をあげておきます。

オープンープンクエスチョンで質問されると、聞かれたほうは考えて答える必要が生じます。
 質問に対する答えを考えている間、部下の頭の中で「オートクライン(整理、気づき、安心)」が発生します。出来ていることはなにか、わかっているが言葉にできない、行動に反映されていないことは何か。これを繰り返すことで整理と気づきが進み、やり取りをしている相手(上司)との関係も改善してくるといわれています。やり取りの例を以下に示します。


 4-3.オープンクエスチョンを使ったやり取りの事例
個別目標を「嚥下機能に障害のあるご利用者に対して適切な食事ケアを実践できる」
と設定している介護スタッフに対して、達成状況をどのように確認しますか?
「目標達成のために具体的にどのような取り組みを行っていますか?」と聞くだけでなく、色々な視点から質問や確認を投げかけることで、
「嚥下機能が低下している○○さんの疾患や症状についてどう理解しているか」
「食事摂取中の観察のポイントはどのような部分があるか」
「もし誤嚥してしまった場合、どのように対処する必要があるか」
など、ひとつの目標に対して、様々な視点からオープンクエスチョンを投げかけることで深めることができます。
このような聞き方をすると、部下がその目標に対してどのように取り組んでいるか、関連する事項についてどの程度具体的に理解できているか、目標達成のためにどのようなことに取り組めばいいかの、ということが明確になります。


5.スタッフのモチベーションを高める職場内研修の課題

5-1.ここまで述べてきたように、スタッフのモチベーションを高める事業所の仕組みづくりとして
研修計画を策定し実施する、②個々のスタッフに具体的目標を設定させる、
個別スーパービジョンを行い、スタッフに継続的に関わる、の3点を説明してきました。
このような取り組みを実践していくためには、クリアすべき課題がいくつか存在します。


5-2.コスト面と効果測定の難しさ

まず何といっても研修にはコストがかかります。費用だけでなく、場所や時間も調整しなければなりません。様々なコストを使って行う研修ですが、効果が出るまではある程度時間がかかりますし、必ず効果が表れるとも限りません。管理者から見ると、コストだけがかかってメリットが感じられない場合があります。

5-3.管理者やリーダーの負担
介護スタッフの減少により、リーダーが業務に入る頻度がふえています。しかし、リーダーの本当の役割は人材育成と業務改善です。個々のスタッフに対しての関わりを増やし、頑張っていることを認めさせるためには、リーダーが業務から離れて研修に参加することや、会議やデスクワークを行う時間も必要になってきます。リーダーがリーダーらしく活躍できるよう支援することが大切です。

5-4.人材育成担当者の配置、養成
研修を体系的に実施していくには、研修計画をたてて講師のコーディ―ネートを行う人材育成担当者が必要です。講義ができるとか、話し上手である必要はありません。組織の全体を俯瞰し、研修ニーズを見極め、体系的な人材育成の計画と実施ができること、個々の介護スタッフにも注意を向けて必要な支援が検討できる能力が求められます。

 以上、多様な職員が一人ひとりやる気を持って働けるようになるための取り組みについて述べてきました。色々なことを一度にやる事は難しく、実際には優先順位をつけて段階的に取り組み少しずつ仕組みをつくっていくことが大切です。そして何よりも大事なことはお互いを「認める」ことの大切さに気付くことではないでしょうか。認めることがスタッフのモチベーションを高めることに確実につながっていくと思います。










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